加計学園 :「疑惑」の主犯はこの面々

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(右から)前川喜平・前文部科学事務次官、内閣府の藤原豊・前審議官、加戸守行・前愛媛県知事、国家戦ワーキンググループの八田達夫座長、和泉洋人・首相補佐官(朝日新聞電子版より引用)

文科省は「加計学園獣医学部」を認可する方針を固めた様だが、当然の事である。

この問題の根源は、そもそも文科省に大学設置権限を与えた統治制度の欠陥にあり、加戸・前愛媛県知事と前川・前文部科学事務次官のどちらの言い分が正しいかなどは、枝葉末節に過ぎない。

英語では医学部、法学部、経営学部を纏めて職業学校( Professional School) と呼ぶ様に、獣医学部は社会的な需要と時代の変化に密接に関係する教育分野であるが、気が遠くなるほど複雑な認可基準 (注1)には、これら事項に関する項目はない。

1968年に国民総生産が当時の西ドイツを抜き、世界第2位の経済大国に成長した日本では、国民にペットの愛用と言う新慣行を呼び、2015年にはペット関連総市場(末端金額ベース)は一兆五千億円規模にまで達している。

ペットはその数だけでなく多種化も進み、哺乳類、鳥類、魚類は勿論、爬虫類、昆虫類に至るまでありとあらゆる生き物の輸入の高まりや開発ブーム外来種が生態系を破壊し、居場所を失った在来生物が人里に出てきて、農作物を荒すなど人の安全や日本の経済に多大な被害を及ぼすこととなった。

更には、経済活動の国際化で勝手に入り込んだヒアリの防除や、温暖化現象により迷い込むヤブカ(Aedes)属の蚊によって媒介されるジカウイルス等の新種感染症対策の様な、将来動向を予想した「予防獣医学」と言う新分野も不可欠な時代を迎えている。

未来的発想に欠け、時代の変化を読み取れないお役人は、1966年を最後に獣医学部の認可を拒否するばかりか、2003年度からは文科省告示で獣医学部は申請さえも認めない頑なな態度を今日まで堅持して来た。

保守派がヒーローと称える加戸氏の「(私の出身官庁だから)簡単かと思ったら非常に厚い壁にはね返された」と言うの発言発言でも判る通り、加戸氏の前川氏への怒りは「先輩官僚の頼みを断ると言う互助会ルール違反」への怒りではないかと勘ぐりたくなる。

彼は又、後輩の前川氏を批判して「昔の役人は国を思う気概に溢れていた」と自我自賛しているが、加戸氏自身はリクルート事件で収賄罪容疑で有罪が確定した高石文部事務次官(当時)の右腕の官房長として、天下り先を含む人事を取り仕切り、1989年にはこの事件に連座して辞職後に文科省の所轄する団体に天下りしたた人物でもある。

一方、行政権は内閣に属し(注3)、その長は内閣総理大臣と定めた憲法規定(注4)を無視して「公平、公正であるべき行政がゆがめられた」などと総理大臣批判のふざけた発言をして野党側のヒーローとなった前川前文部科学事務次官は、国民の信託も受けていない役人が、総理以上の行政権を持てない事も知らないなら、憲法(第5章 第65条、及び第66条)を読み直し、顔を洗って出直して来いと言いたくなる不遜の極みである。

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かと思うと、所謂「2018年問題」(注2)を引き起こした張本人も、不必要な一般大学を乱造したお役人達である。

上の図は、厚生労働省が発表した最新の人口動態統計であるが、これを見れば日本の出生数が1975年を境に減少に転じた事がはっきり判る。

飛び級も移民も皆無に近い日本では、合計特殊出生率を持ち出すまでもなく、日本の大学受験適正年齢に達する総人数は18年前に出生した日本人の数を超えないことは自明の理でありながら、文科省は、1975年に420校にすぎなかった日本の大学を、2014年にはその2倍近い781校にまで増やす乱造政策を採用した。(文部科学統計要覧 平成27年版参照)

典型的な失敗例が、1999年に萩国際大学として開学した現在の至誠館大学である。

荻国際大学は、二度にわたる民事再生法の適用で、益田市からの17億円、萩市からの40億円の補助金の殆んどが不良債権化し、学生の9割を占める留学生対策として、大阪入国管理局の元局長を客員教授に招区など、役人互助会制度に頼ったが、奨学金の延滞率が全国一位に輝いてしまった。

因みに、当大学設立当時の荻市長野村 興兒氏は元自民党副総裁の金丸信氏の脱税捜査を担当して「丸サ」の名前を全国に轟かせた元国税庁調査査察部長だが「“国際”の文字を入れると認可され易い」と大蔵省時代から知り合いの文部省の役人に耳打ちされ、荻国際大学にした」と言う逸話を本人から直接聞いた事がある

事程左様に、ワーキンググループの座長を務める学者の八田達夫先生は別として、冒頭の写真にある過去、現在のお役人の面々こそが、定見も無しに自己本位で作った「岩盤」と言う「疑惑の蚕室」で生業を立てて来た主犯である。

与野党の攻防の対象となった「総理の御意向」だが、和泉洋人・首相補佐官の曖昧な記憶やのらりくらりの国会答弁などから推察して、文書のある無しに関係なく、陰からの圧力があった事は略間違いなさそうだが、これは飽くまで個別具体的な問題であり、加計疑惑の「本丸」とは言えない。

これについては、日頃は本質には関係ない些細な事を炎上狙いの下品な言葉使いで発言する足立康史議員(日本維新の会)の「何か隠しているようにやったのが問題」と言う指摘には同感だ。

「安倍一強」等と言うマスコミのオチョクリに気を良くして、これからもお友達重視の言動を重ねると、首相の寿命も意外に短い気がする。

文科省のでたらめ高等教育政策のためか、日本の大学の国際評価は年々低下する傾向にあるが、この責任を問われてもなす術を知らない文科省は、大学の国際評価の上位を独占する英米両国の例に習い、自らの権限を返上して大学の設置や運営から出来る限り手を引くべきである。

以上の様に官僚を厳しく批判して来た本稿であるが、官僚個人を批判する心算はなく、統治制度の不全を座視するマスコミや国民に覚醒を促したくて書いたものである。

人は棺の蓋をして始めて其の値打ちが判ると言うが、位人臣を極めたお役人の死亡記事が、故人の地位や出身校だけで終るとすればなんとも寂しい限りである。

国家に貢献したいと言う青雲の志に燃えた有為の俊才の多くが、いざ国家組織に組み込まれると、能力には無関係の年功序列や省内派閥力学に押し潰され、大器、大器と言われながら晩成せず、地位だけを残して役人生活を送り、退職間際に天下り先を探し回る姿は、本人は勿論国民にとっても悲劇である。統治機構不全の罪は深い。

参照

(1)大学設置基準
(2)2018年問題
(3)憲法第六十五条 行政権は、内閣に属する
(4)憲法第六十六条 内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。





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